
儲からない仕事をなぜ断れないのか|中小企業の撤退戦略
売上はあるのに利益が残らない。それでも、「長年のお客様だから」「社員の仕事がなくなるから」と、採算の悪い仕事を続けていないでしょうか。
結論から言えば、撤退は勇気だけで決めるものではありません。続ける場合とやめる場合の全社利益、資金繰り、経営資源の使い道を比べて判断します。 赤字の仕事をやめても、会社全体の利益が減る場合があるからです。今回は、中小企業の撤退戦略を数字と実行手順から考えます。
1.儲からない仕事を断れない四つの理由
第一は、売上が減ることへの不安です。売上は目に見えやすく、会社の成長を実感できる数字です。しかし、売上の維持と会社の存続は同じではありません。利益と現金が残らなければ、将来の投資や雇用を支える力は弱くなります。
第二は、顧客との関係です。長年の付き合いや、苦しい時期に仕事をもらった恩があると、価格改定や取引条件の変更を申し出にくいでしょう。その気持ちを否定する必要はありません。ただ、過去への感謝と、今後も同じ条件で仕事を続けられるかは分けて考える必要があります。
第三は、採算が見えていないことです。会社全体の利益が分かっていても、商品別、顧客別、案件別に見ると状況は異なります。売上の多い仕事ほど、見積り、段取り、配送、修正対応に時間を使っているかもしれません。
第四は、やめた後が決まっていないことです。空いた社員の時間や設備を何に使うかが不明確なら、現状維持を選びたくなります。私は、撤退できない理由を社長の決断力だけに求めず、判断材料と次の選択肢が用意されているかを見ることが重要だと考えています。
2.「赤字表示」と「やめるべき仕事」は同じではない
まず確認したいのは、限界利益です。ここでは、売上高から販売・生産量に応じて変わる費用を差し引いた金額を指します。売上原価には固定的な費用が含まれる場合があるため、決算書の粗利益と必ず一致するわけではありません。
限界利益がプラスなら、その仕事は固定費の回収に貢献しています。共通費を配賦した結果だけで赤字と判断し、やめても減らない本社家賃や管理部門の給与まで「削減できる費用」に入れると、判断を誤ります。
この区別は、ACCAの関連原価の解説(Relevant costs)でも扱われています。意思決定では、費用の配賦額ではなく、その判断によって将来の収入や支出がどう変わるかが重要です。
例えば、担当社員を別の仕事へ配置転換しても、給与の総額が変わらないなら、その給与は削減額に入れません。代わりに、配置転換先で生み出せる追加利益を検討します。同じ人件費を「削減」と「再活用」の両方に数えないことも大切です。
顧客ごとの採算を整理する入口は、「売上の大きい顧客ほど儲かるとは限らない|顧客別粗利の見方」でも解説しています。
3.売上1億円の仕事をやめると、利益はどう変わるか
数字で確認してみましょう。以下は説明のための仮定例であり、実際の顧問先の事例ではありません。
A事業は年間売上1億円、変動費9,000万円、限界利益1,000万円。B事業は年間売上1億円、変動費6,000万円、限界利益4,000万円とします。同じ売上でも限界利益は4倍違います。ただし、この違いだけでA事業の撤退を決めることはできません。
A事業をやめれば、年間1,000万円の限界利益を失います。一方、その事業専用の施設や保守契約など、撤退によって実際になくなる固定費が年間1,500万円あるとしましょう。
削減できる固定費1,500万円-失う限界利益1,000万円=全社の営業利益が年間500万円改善
これは、撤退費用、代替受注による利益、他事業への影響をゼロとし、削減効果が通年で生じる1年間を比較した結果です。固定費が減り始めるのが半年後なら、その年の効果は別に計算する必要があります。
逆に、固定費をまったく削減できず、代替受注もないなら、全社の営業利益は年間1,000万円減ります。「赤字の事業をやめたのに、会社の利益が悪化した」ということが起こり得るのです。
実際の比較では、失う限界利益と回避できる固定費に加えて、別の仕事で得られる追加利益、他事業への波及、撤退に伴う一時費用を整理します。毎年続く改善効果と、一度だけ発生する費用は分けて表示してください。
4.すぐに断る前に、条件を変えられないか
撤退候補を見つけても、最初から取引終了を結論にする必要はありません。まず、どの条件が採算を悪くしているかを分解します。
価格が原因なら価格改定、少量多頻度の注文が原因なら最低発注量や配送回数、修正対応が多いなら対応範囲と追加料金を検討します。納期の余裕を確保することで、残業や割高な外注を減らせる場合もあるでしょう。
ここで大切なのは、「改善をお願いする」で終わらせないことです。例えば「次回更新までに価格と対応範囲を協議し、改定後3か月の採算で再評価する」と、担当者、期限、確認する数字を決めます。これは一例であり、契約や取引の状況に合わせて設定してください。
相手にとっての価値を説明せず、自社の都合だけを伝えても交渉は進みません。一方で、必要な品質を維持できない条件を無理に受け続けることも、長期的には顧客のためになりません。継続できる条件を双方で探ることが先です。
5.撤退を判断する五つの確認事項
採算。 商品別・顧客別・案件別の限界利益に加え、撤退で消える固定費と残る固定費を分けます。配賦した部門利益だけで決めないことが基本です。
経営資源。 人員、設備、社長の時間をどれだけ使っているかを確認します。設備や人員が不足しているなら、売上高や利益率だけでなく、制約となる時間当たりの限界利益も判断材料になります。ただし、代わりの需要がなければ、空いた時間から自動的に利益が生まれるわけではありません。
将来性。 技術の習得や成長市場への足掛かりとして続ける意味があるかを考えます。その場合も「将来に期待」で済ませず、達成したいこと、許容する損失、再評価の期限を決めます。
他の仕事への影響。 一つの取引をやめることで、関連商品の販売や仕入条件が変わらないかを確認します。主力事業の納期や品質を改善できるなら、その効果も検討対象です。
実行可能性。 契約の終了条件、顧客への説明、既存受注の履行、設備処分、従業員の配置転換などを整理します。判断が必要な契約・労務の問題は、関係する専門家に確認しながら進めてください。
6.利益改善と資金繰り改善を混同しない
撤退後に利益が改善する計画でも、撤退時点の現金が足りなければ実行は難しくなります。原状回復費用や解約に伴う支払い、在庫処分など、先に資金が出ていく項目を確認してください。
売掛金の回収や設備の売却による入金も含め、月別の資金繰り表に落とし込みます。在庫や売掛金が減って生まれる資金は、原則として移行時の効果であり、毎年繰り返し得られる利益とは別です。設備の帳簿上の損失と、実際の支払額も区別します。
撤退を一度に行うのか、新規受注だけを止めて既存契約を履行するのか、更新時に条件を変更するのか。段階的に進める選択肢も含めて比較すると、取引先や社員への影響を抑えやすくなります。
7.撤退後の人員と時間を、どこへ集中するか
私は、中小企業の戦略とは、限られた経営資源をどこへ集中するかを決めることだと考えています。撤退も、その一部です。単に仕事を減らすのではなく、自社の強みを評価してくれる顧客や、将来伸ばしたい商品へ力を移します。
その考え方の全体像は、「中小企業の経営戦略の立て方|社長が最初に決めるべき5つのこと」で整理しています。今回の撤退判断も、「何をやらないか」と「どの数字を見るか」を具体化する作業です。
まず主要な商品や顧客を一覧にし、「継続・拡大」「条件改善」「縮小・撤退検討」に分けてみてください。撤退候補には、失う限界利益、削減可能な固定費、一時費用、資金への影響、空いた経営資源の使い道を添えます。最後に、誰が、いつ、何を判断するかを決めます。
まとめ|やめる勇気を、数字で支える
仕事を断ることは簡単ではありません。しかし、続けることにも、やめることにも費用と機会があります。大切なのは、売上の大きさや赤字表示だけで決めず、撤退後の全社利益と資金を確認することです。
条件を変えて続けるのか、段階的に縮小するのか、撤退して別の仕事に集中するのか。数字は、社長を責めるためではなく、その選択をより確かなものにするために使います。
何をやめるかを決めて初めて、何に集中するかが明確になります。 まずは一つ、気になっている仕事の「続ける場合」と「やめる場合」を並べてみてください。
いちご会計事務所では、部門別・商品別・顧客別の採算管理と経営判断を支援しています。採算の見える化から継続的な改善まで相談したい方は、いちご会計事務所のサービス・相談案内をご覧ください。





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