
価格交渉の根拠資料の作り方|原材料費・労務費・外注費の上昇を数字で説明する方法
「価格を見直したい。でも、取引先に何を見せればよいのか分からない」
価格交渉では、値上げのお願いだけでなく、「何のコストが、いつから、いくら変わったか」を説明できる資料を用意したいところです。
ただし、自社の原価や給与の情報をすべて開示するという意味ではありません。社内で採算を判断する資料と、取引先に提示する資料は分けて考えます。
この記事では、中小企業の経営者が、コストの比較表から価格改定の提案書までを作る手順を解説します。
まず「社内の計算表」と「取引先への提案書」を分ける
最初に作るのは、商品・サービス別のコスト増加額と、価格改定後の利益を確認する社内用の計算表です。現行価格、原価、販売数量、改定後の採算を整理します。
次に、その計算表を基に、取引先へ提示する提案書をまとめます。対象品目、希望価格、改定理由、根拠資料、希望する適用時期を、まずA4一枚程度に整理する方法をお勧めします。詳しい根拠は別紙にします。
A4一枚は法定の様式ではなく、相手が社内で検討しやすくするための編集上の目安です。
私は、価格の話を始める前に、「この取引を続けるために必要な利益はいくらか」を社内で確認することが大切だと考えています。その判断資料と、相手に開示する資料は同じでなくて構いません。
手順1|何と何を比較するのかをそろえる
比較の基準は、原則として現行価格を決めた時点と、今回の改定を希望する時点です。契約条件に応じて、比較する期間と対象を明記します。
品番、仕様、購入量、作業内容、納品条件が変わっていれば、その影響を分けてください。購入数量が増えただけなのに、「材料費の支払総額が増えた」と説明しても、単価上昇の根拠にはなりません。
材料は1kg当たり、加工は製品1個当たり、業務委託は同じ作業範囲の月額など、比較できる単位に換算します。税込・税抜も混在させません。
仕入先の通知日と、新単価が適用される日も区別します。例えば10月に届いた通知が11月納入分からの改定であれば、10月の実績原価が既に上がったとは扱わない、ということです。
手順2|原材料費・労務費・外注費の根拠を分ける
費目 | 整理する資料 | 確認するポイント |
原材料費 | 旧・新の見積書、請求書、価格改定通知 | 同じ材質・仕様・数量条件で、単価の差を確認 |
労務費 | 最低賃金、春季労使交渉の結果などの公表資料 | 資料の対象地域・対象期間と、要請する上昇率の関係を説明 |
外注費 | 委託先の旧・新見積書、改定通知 | 作業範囲の変更と、同じ作業の値上がりを区別 |
原材料や外注費については、関係のない取引先名や取引条件まで載せないよう、提出範囲を確認します。社内保存用の原本と、提示用の抜粋を分けると整理しやすくなります。
労務費は、詳細な給与情報の開示を前提にしない
内閣官房・公正取引委員会の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」は、2023年11月29日に策定され、2026年1月1日に改正されています。
同指針では、労務費上昇の説明や根拠資料を求める場合、最低賃金の上昇率や春季労使交渉の結果など、公表資料に基づくものとすることが示されています。また、今後の賃上げに必要な分も協議の対象としています。出典:労務費転嫁指針・発注者の行動③、⑤
そのため、従業員別の給与や自社の詳細な原価構造を、交渉のために当然に提出しなければならないと考える必要はありません。これは「根拠を何も示さなくてよい」という意味でもありません。
採用する公表資料と、対象業務への当てはめ方を説明しましょう。公表資料の発表日と、統計の対象期間や最低賃金の発効日は別の情報として記載します。
手順3|上昇率を足さず、1単位当たりの増加額に直す
ここからは説明用の仮定例です。実際の顧客事例ではなく、労務費の上昇率なども実際の公表値ではありません。
ある製品の販売価格を税抜5,000円、1個当たりの売上原価を3,500円とします。数量、仕様、作業時間は同じで、その他の費用は変わらないものとします。
1個当たりの原価 | 改定前 | 改定後 | 増加額 |
原材料費 | 2,000円 | 2,200円 | 200円 |
労務費 | 1,000円 | 1,050円 | 50円 |
外注費 | 500円 | 560円 | 60円 |
合計 | 3,500円 | 3,810円 | 310円 |
必要なのは、原材料10%、労務費5%、外注費12%を足して「27%の値上げ」とする計算ではありません。各費目の金額への影響を足し合わせます。
200円+50円+60円=1個当たり310円のコスト増加です。
従来の1個当たり粗利益1,500円を維持するには、販売価格を5,310円にする計算になります。現行価格に対する改定率は、310円÷5,000円=6.2%です。
ただし、これは粗利益の「額」を維持する計算です。粗利益率30%を維持する価格とは異なります。また、販売数量が減れば会社全体の粗利益は変わります。
必要利益や目標粗利益率からの価格計算は、「値上げはいくら必要?原価・人件費上昇から適正価格を計算する方法」で説明しています。
二重計上と、自社要因の混入に注意する
外注先の改定額に、その外注先の人件費上昇が含まれている場合、同じ増加額を自社の労務費として再び加算しないようにします。
また、自社の手戻りや不良品の増加で原価が上がった部分は、購入単価や賃金水準の上昇とは分けて確認します。追加仕様や短納期対応による負担なら、取引条件の変更として別に説明します。
手順4|提案書には「希望額」と「適用条件」まで書く
先ほどの仮定例なら、取引先向けの要約は次のように整理できます。
記載事項 | 記入例・記載の考え方 |
対象 | 製品A・現行仕様・現在の発注単位 |
現行価格と希望価格 | 税抜5,000円から5,310円へ改定を希望 |
改定理由 | 原材料200円、労務費50円、外注費60円の増加相当額 |
根拠資料 | 改定通知、比較資料、公表資料の名称・出典・対象期間 |
希望適用時期 | 「○月○日受注分から」など、対象となる取引を特定 |
協議のお願い | 希望する回答時期、協議日程、担当者・連絡先 |
この表は作成例であり、詳細な原価の開示を求める様式ではありません。費目別の増加額や公表指標をどこまで載せるかは、取引内容と情報管理方針に合わせて決めます。
既に実施した価格改定があれば、その分を反映して残る要請額を確認してください。同じコスト上昇分を二度転嫁する計算にならないようにします。
希望する適用時期は、仕入先の値上げ適用日と自動的に一致するものではありません。契約や受注済み案件の条件を確認し、取引先との協議・合意内容を明確にします。
手順5|合意事項を記録し、改定後の粗利益を確かめる
価格交渉の記録を作成し、発注者・受注者の双方で保管することも、労務費転嫁指針に示されています。出典:労務費転嫁指針・発注者と受注者共通の行動②
実務では、協議日、参加者、提示額、先方の回答、合意額、適用時期、継続協議事項を記録します。相手の回答を、合意が成立したかのように書き換えないことも大切です。
希望額の一部だけで合意した場合は、残るコスト負担を計算します。数量や納品条件の調整、次回の協議時期なども含めて、どのように採算を改善するかを決めます。
価格改定後は、単価が変わったかだけでなく、数量、粗利益額、粗利益率を月次で確認しましょう。確認の基本は、「月次試算表の見方」も参考にしてください。
数字を、価格交渉と利益改善の行動につなげる
価格交渉の根拠資料は、相手を説得するためだけの書類ではありません。自社の採算を見直し、どの取引から改善に取り組むかを決める資料でもあります。
私は、営業担当者が知る取引条件、現場が把握する作業負担、経理が持つ数字を持ち寄ることを重視します。計算結果だけを並べるより、原因と対応を具体的にできるからです。
まずは価格を長く据え置いている主力商品を一つ選び、比較期間を決め、1個・1件当たりのコスト増加額を整理してみてください。
福岡のいちご会計事務所では、経営強化型税務顧問を通じて、月次財務分析や経営者との面談などにより、数字を経営判断につなげる支援を行っています。価格改定を一度きりの交渉で終わらせず、継続的な利益管理につなげたい方は、支援内容をご確認ください。
※公的資料の確認基準日:2026年10月21日。本稿の計算例・提案書例は説明用です。提示額での合意や、特定の利益改善効果を保証するものではありません。






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